株式会社みらいワークス代表取締役岡本祥治氏 1/3

会社名 : 株式会社みらいワークス (証券コード:6563)
代表者 : 代表取締役社長 岡本 祥治(おかもと ながはる)
略歴  : 2000年に慶應義塾大学理工学部を卒業後、アクセンチュア株式会社、ベンチャー企業を経て、47都道府県を旅する中で「日本を元気にしたい」という想いが強くなり、起業。2012年、みらいワークスを設立。趣味は読書、ゴルフ、焼肉、旅行(日本47都道府県・海外は74ヵ国渡航)。経済同友会会員。
所在地 : 東京都港区東新橋二丁目8番1号 パラッツォアステック7階
設立  : 2012年3月14日
事業  : フリーランスのプロフェッショナル人材に特化したビジネスマッチングサービスおよび転職支援
資本金 : 194,555千円(2018年1月16日)
URL : https://mirai-works.co.jp
みらいワークスは「日本のみらいの為に挑戦する人を増やす」の企業理念の下、独立・起業・転職をワンストップで提供する唯一のプラットフォームとして、フリーランスのプロフェッショナル人材に特化したビジネスマッチングサービスおよび転職支援事業を展開しています。働き方改革の広がりやフリーランス需要の拡大とともに売り上げ22.7億円(2017年9月期)と急成長し、2017年12月に東証マザーズに上場。2018年8月現在、当社の登録プロフェッショナル人材は7,300名、クライアント数は335社に達しました。

 

創業の経緯

杉本光生氏(株式会社ウィルズ代表:以下、杉本):創業の経緯からお願い致します。
岡本祥治氏(株式会社みらいワークス代表取締役社長:以下、岡本):起業したのは今から11年前です。コンサルティング業界大手のアクセンチュアに在籍した後、ベンチャー企業1社の勤務を経て、独立起業しました。アクセンチュアに入ったのは、様々な業界を見ながら短期間で成長が見込めるコンサルティング業界に入ることでその後の選択肢も増えるだろうと思ったからです。もっとも、20代のときは、抱える案件や仕事に無我夢中で取り組んでいたこともあり、「これをやるべき」という明確な使命や目標はありませんでした。そんな中、30代を迎えるにあたって、これまでの人生や日本人のアイデンティティとは何か、自分の人生の中で何を成し遂げていくか、何を目標にしていくのか、自問自答を繰り返し、起業することに決めました。

アクセンチュアに在籍していた頃は、海外に行く機会が多かったため、日本の半分以上の都道府県には行ったことがありませんでした。日本人のアイデンティティとは何かを見つめ直すにあたり、まずは訪れたことが無かった残りの47都道府県に行くところから始めました。7、8回くらいに分けて、すべての都道府県を回った中で、自分なりに色々と発見がありました。特に、地方に行けば行くほど、人や歴史、食文化など、本当に素晴らしいものがたくさんあって、こんなに日本っていいもの、いいところがたくさんあるということに気付きました。ただ、地方は、経済的には厳しい状況で、県庁所在地であっても駅前はシャッター街で閑散としていました。一方、国道沿いには大きな量販店やイオンなどがあり、そこだけは妙に栄えていました。そのような状況を目にしたとき、もっと日本の良さを発信して、活かしていくことができないものだろうかと考えました。これからの自分の使命は、「日本を元気にする活動」だと思い始めました。当初は転職も考えましたが、やりたいことをやるためには自分で起業するしかないと考え、2007年9月に会社を作り、フリーランスのコンサルタントとして活動し始めました。

杉本:どのようにお客様を集めたのですか?
岡本:これまでの自分の人脈や関係者を辿って仕事を見つけました。最初は仕事が取れなくて苦労しましたし、起業した翌年の2008年にはリーマンショックで、更に仕事が取れない状況になってしまったので、立ち上がりは辛かったです。それでも、事業資金を集めながら様々な事業を手掛けていくうちに、徐々に徐々に仕事が取れ始めました。

杉本:起業当時は、コンサルタントは何人いたんですか? 会社の社員は?
岡本:当時は、私一人でした。会社のテーマである「日本を元気に」を実現するために、地方創生、つまり地方の中小企業をメインに活動する予定でした。ただ、起業したばかりの会社が地方の仕事を取ることは想像していた以上に難しく、当時は何もできずにいた時期がありました。私は営業が自分でできていたので、コンサルの仕事は取れていましたが、当時はまだ景気が悪かったため、起業家やフリーランスの方々は私と同様に仕事を取ることに苦労していました。そんな中、自分が取ってきた仕事が自分ひとりで回し切れなくなってきて、そういった仕事を仕事が取れない人たちに紹介し始めたのが今のビジネスモデルの始まりです。
このビジネスモデルをちゃんとしたビジネスとして立ち上げようと思った理由のひとつは、誰かに仕事を紹介して「ありがとう」と言われるのが嬉しかったからです。プロフェッショナルとしてお客様にサービスを提供して、お客様から「ありがとうございます」と言われる。これは当然の話かもしれませんが、コンサルティング業界には「クライアントファースト」という考え方があり、クライアントからの評価があれば、優秀なコンサルタントとして評価されるのです。ただ、自分自身でも新しい発見でしたが、お客様から「ありがとう」と言われるよりも、仕事がなくて困っている方々から「ありがとう」と言われるほうがクライアントから評価されるよりも嬉しく感じました。
もうひとつは、2009年に参画したプロジェクトで、優秀なコンサルタントに出会ったからです。このプロジェクトというのは、グローバルに展開する決済サービスが日本に再参入するタイミングで、その当時のグローバル・コンサルティング会社のCEOが、同じコンサル会社の卒業生に日本の再参入の戦略作りを依頼したものでした。このプロジェクトを受注するためにフリーランスのコンサルタント8人でチームを組み提案活動を行いましたが、その時に集まったメンバーは本当に優秀な方々でして、個人のコンサルタントとして極めるというのは、こういうことかと思い知らされました。どうやってもここまで辿り着けないと思いました。世の中には自分より優秀なコンサルタントがたくさんいますから。その経験が自分のキャリアの方向性を考え直すきっかけとなりました。コンサルタントは、目の前のクライアントに対しては何かできますが、それ以上でもそれ以下でもありません。自分一人でのコンサルティング業務の限界を感じました。
一方で、そのような優秀なコンサルタントへ機会を提供し、感謝されたときに、自分の使命は、そのようなチャンスメイクをすることだと考えました。数多くいる優秀なコンサルタントに案件を提供することに関して、日本一になるほうが自分らしいと考えましたし、それが日本を元気にすることにつながっていくのではないかとも思いました。

登録者との面談を行う中で、個人の方々に起業した理由を聞いていますが、皆さん様々な志を持って起業されています。その中でも、やりたいことの三大テーマとして挙げられるのが、「地方創生」、「中小ベンチャー支援」、「海外進出支援」です。これらを目的にフリーランスになったり、起業する人はすごく多いです。方向性は違えど、皆さん共通して「日本を元気にする」というテーマをお持ちで、私と同じ志を持って起業する人が多いことに驚きました。ただ一方で、リーマンショックなどの影響で仕事を取ることが難しくなったこともあり、皆さん思うように活躍できていませんでした。大企業であっても、JAL が潰れたり、サンヨーやシャープが傾くなど、大企業が雇用を守ってくれるような時代ではなくなりましたし、1円で会社が設立できるようになって、起業独立する人がどんどん増えてきた時代ですが、ただ一方でそういう人たちは志を持っているのに活躍できていない。そういう状況がマクロ的に見たときにすごくもったいないなと思い、そういう人たちが活躍できる社会インフラを自分自身で作ってしまえば、結果として日本が元気になる。そういう仮説を持っていました。それで本格的にこのビジネスを推進することで日本を変えられるのではないかと考えました。新規事業の立ち上げは、当然のことながら市場性や競合調査などの事業計画を立案してから行うのが通常ですが、使命感からまずは動いてみようとやり始めたというのが、正直なところです。

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(インタビュー日 2018/6/27)